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経済サロン原稿 杉浦良
「景観と安全と観光」

 先日、新聞に「空家率全国1位の和歌山県が、景観を壊す廃墟に、撤去などを勧告・命令できる条例案の策定に着手した」と載っていた。不特定多数の人の目に付き、1年以上利用されず、破損が激しく、景観に著しく不調和を来す建物が、その対象だという。崩れかかった建物がそのままでは危険なだけでなく、景観も台無し、街も寂れるということだろう。機会で可決されれば、景観だけを理由にした私的財産制限条例は全国初となるそうだ。
 地デジ対策で自宅のブラウン管TVが液晶TVに変わったこともあって、海外の街歩き番組を見る機会が増えた。中世から続く街並みや自然を、なるべくそのまま残すための工夫や知恵、それを次世代に受け継ごうとする熱意が画面から伝わってくる。街を愛する心情と街への誇りが、多少不便でも、住んでいる人々を支えているように思えた。
 「LOOK(見てみなさい)!・・STUPID(愚かなことだ)!・・CRAZY(おかしいよ)!・・」白髪のアメリカ人が、京都の空を指差して、怒り心頭に発していた。今から35年も前のことだ。
 私は早口の英語もさることながら、その真意が分からなかった。ようやく怒りが収まって平静を取り戻した彼の指先の向こうには、京都の景観には不似合いの大きな看板があった。京都の街並みや景観に魅せられて、そのまま暮らすことになった彼にとって裏切られた思いだったのだろう。
 ちょうどそのころ、徳島では、東洋文化を研究するアレックス・カー氏が、篪庵(ちいおり)と名付けた東祖谷のかやぶき民家に魅せられていた。その祖谷の持つすべての美しさを、敬意と称賛を添えて、世界に紹介することとなった。こんなふうに祖谷の景観がさまざまな人々に伝わり、それに惹きつけられるようにして、人々が徳島を訪れることになっている。
 そのカー氏が、景観に不似合いな看板ではなく、祖谷街道沿いの地滑り止めコンクリートに「NO!」を出したことを知った。景観と安全と観光が深く掘り下げられて、それがつながらなければ「観光立県とくしま」の前途は厳しいと思う。(杉)

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