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徳島新聞「ぞめき」原稿   杉浦良
No.109 タイトル「絶滅危惧種」

 アメリカ帝国崩壊を予言した、フランスのエマニュエル・トッド氏を取り上げたテレビ番組を、たまたま見ました。ソ連崩壊を予言した学者というくらいの知識しかない私にとって、それは衝撃的でした。
 一九五一生まれの彼は、作家ポール・ニザンを父に持ち、二十五才で人口統計学を駆使して、ソビエト連邦の滅亡を予測しました。キーワードは乳児死亡率です。国の安寧と発展は、乳児死亡率低下となって現れる、という理由です。一番の弱者である赤ちゃんが救えない国は、強大な軍事力に守られていても滅びる運命にあり、超大国アメリカですら、自国の赤ん坊の命をなかなか守れないという、皮肉な現実があります。
 かたや日本は、乳児死亡率では世界トップレベルですが、急速な少子高齢化を迎え、国全体の危機を指摘されました。移民の受け入れも苦手で、金太郎アメ同士のほうがむしろ暮らしやすい日本人にとっては、大変耳の痛い話です。しかし他民族を受け入れたり、多様な民主主義を認める経験の薄さを、識字率の高さと教育の発展でカバーすることの重要性を、説かれています。子供が育てられやすい環境作りに取り組みつつ、もうそろそろアメリカというパパから少し離れ、乳児死亡率の低さと技術力の高さを切り札に、率直にものが言える日本になることが、今後の日本の課題というわけです。
 アメリカのリーダーシップから少し距離を置き、ヨーロッパと直接交渉し、アジア経済の建て直しに貢献することが、アメリカ帝国崩壊以後の、世界を読み解く道につながると指摘する彼に、フランスという国の重厚さを感じます。
 右手に知的正直さを、そして左手にリアリズムを携え、今後の世界の行く末を真剣に考える一人の学者を目の当たりにして、この日本では最近見かけられなくなった、絶滅危惧種に出会った気がしました。(杉)


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