投稿日:2021年05月23日

事務局通信~コロナ禍から何を学ぶか

事務局通信~コロナ禍から何を学ぶか

 昨年12月14日、菅義偉首相自身が自民党の二階俊博幹事長ら計8人で会食したのが始まりでした。2月には「新型インフルエンザ等対策特別措置法」と「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」が改正、新型コロナウィルスが「新型インフルエンザ等」に含まれる形で位置づけられるとともに、罰則の規定なども盛り込まれたにも関わらず、3月には当の厚生労働省で老健局の職員23人が銀座の飲食店で開かれた同僚の送別会に参加、その後自治体の職員によるルール違反の会食(大阪府・市職員だけでも2356人)が行われていたことが次々と判明しました。
 そして極めつけは、(緊急事態宣言発出直前という滑り込みセーフを狙ったかのようなタイミングで)、日本医師会の中川会長が発起人となった自民党参議院議員の100人規模の政治資金パーティが東京都千代田区のホテル宴会場で開催されたことです。
 一連の出来事から明らかなことは、欧米ほど厳しい感染状況ではないと認識しておられる方が日本の政治家や官僚、医療関係者の皆様の中にも少なからずおられる、ということです。緊急事態宣言が発出されていてもオリンピックは開催する、というIOCコーツ委員長の物議を醸した発言も同様の認識に基づいたもの、とも考えられます。

 「さざ波」という誤解を受けかねない表現の良し悪しは別として、欧米各国に比べて日本の陽性判明者数が圧倒的に少ないのは事実であり、患者が少ないのに医療の逼迫が喧伝されている摩訶不思議な国として見られているかもしれません。医療逼迫の原因は、新型コロナウィルスの患者を受け入れない民間病院が少なくないため一部の医療従事者に新型コロナ医療の負担が集中しているという医療の偏在の問題と、副反応や健康被害の問題に囚われすぎるあまりワクチンの接種・開発・承認で諸外国に圧倒的な後れをとってしまった感染症施策の問題です。
 政府や、一部の専門家と言われる皆様、そして新型コロナ医療に直接従事することなくテレビ出演や記者会見を頻繁に行ってきた一部の医療関係者の皆様は、その事実から国民の目を背けるために、「ここが正念場だ、瀬戸際だ」「気を引き締めろ、緊張感を持て」「自粛しろ、ステイホームだ」「他人事と思うな」と場当たり的な精神論のパフォーマンスに終始しました。一部のマスコミもそれに追従し、いたずらに国民の不安を煽るような報道が繰り返されました。
 しかし、その結果オリンピック開催を2か月後に控えた段階で開催に不安を覚え中止・延期を求める国民が少なくとも半数以上いる事態となり、「医療崩壊の危機」と国民を脅しておきながらオリンピックは開催可能とする政府の矛盾が露呈する結果となりました。
 国民に対し幾度となく緊張感や自粛を求めてきた側の人間が実は危機感を持っていなかったことが明らかとなった今、政府や自治体の要請に協力を求めるスタイルはあまり意味を持たなくなるでしょう。それはあたかも「オオカミ少年」のようです。
 ワクチン接種の遅れに対する不満が高まる中、問題は「国民の気の緩み」よりも「ワクチンの遅れ」にある、ということが明確になりました。ワクチンを接種した人が「もう安心だ」とコロナ禍前の生活に戻っていけば、逆の同調圧力として作用する結果、ワクチンを接種していない人の生活も確実に変わっていくでしょう。行動の判断基準となるのは、「周囲の人がどうしているか」であって、「信頼に値しない政府や自治体が何を要請しているか」ではありません。

 「陽性判明者数は増えていますが、欧米ほど厳しい状態ではありません。医療体制はしっかりしており、逼迫の心配もありませんから安心して生活して下さい。ただしマスク着用、手洗いうがいといった感染防止対策はきちんと行って下さい。特に飲食はマスクを外すため感染リスクが高くなるので、行う際はその点を留意して下さい。カラオケもマスクを外した状態で行うと感染リスクが高くなるので、着用した上で行うようにして下さい。
 コロナ禍を乗り切る手段はワクチン接種を進める以外にありません。だから政府はワクチンの接種ができるだけ早期かつスムーズに行えるよう、法改正や特例措置も辞さず、全力を尽くします。感染拡大の状況によっては一時的に人流の抑制をお願いすることがあるかもしれませんが、あくまでもワクチン接種が進むまでの時間稼ぎとしての措置とご理解下さい」と国民には伝えるべきだったのかもしれません。
 持続化給付金、定額給付金、休業要請・時短要請協力金、GOTOキャンペーンなどに予算は使わず、それらの予算を活用して新型コロナウィルス陽性判明者の受け入れにインセンティブを与えるような制度を設け、一部の医療機関に受け入れが集中しないような施策を行うとともに、海外製ワクチンの承認も特例で早期に行い、国産ワクチンの開発にも予算を投入し、法改正や特例措置によって打ち手や会場の確保も進め、ワクチンの接種ができるだけ早く多くの国民に行き渡るような施策を、(自治体任せではなく)政府が主体となって迅速に行うべきだったと思います。
 それでも不十分であるとすれば、医療報酬体系の見直しを含め民間病院のあり方を根本的に改めていく必要が出てくると思います。ベッド数ばかり多くて(人口当たりベッド数はドイツの1.5倍、フランスの2倍、アメリカ・イタリアの4倍、イギリスの5倍)、いざという時に機能しないという事態を放置しておくべきではありません。本来は12年前に新型インフルエンザが発生した時に、政府はこの課題に着手しておくべきでした。
 人流抑制を行っていれば平時の対応でコロナ禍が乗り切れると判断した政府の方にこそ危機感が欠如していたと言えるでしょう。
 ここが大きく変わらないと、たとえ新型コロナウィルスが収束したとしても、10年後、20年後、新たな感染症が発生し、仮に今度は欧米並みの厳しい状況が訪れたとすると、政府も医療も機能不全に陥り惨憺たる事態になる可能性も否定できません。今回のコロナ禍から何を学び、どう変わるのか。私たち一人一人に課せられた課題なのかもしれません。

※補足
 遅ればせながら高齢者の方を対象としたワクチン接種が始まり、大規模な集団接種も始まりました。不足していたワクチンの打ち手の問題についても、歯科医師に加え、薬剤師もその候補としての検討が始まりました。ワクチンの確保は徐々に進んでいるので、打ち手が確保され、接種システムもスムーズに動くようになれば、ワクチンの接種率も少しずつ上がっては来ることと思います。
 国産ワクチンの開発も急ピッチで進められています。もともと技術的には高いものを持っていた我が国ですので、20年以上の遅れをすぐに取り戻すことは難しいと思いますが、希望の光がないわけではありません。むしろ今後問われてくるのは、副反応や健康被害といったものをどうとらえていくか、という私たち国民一人一人の問題です。マスコミが不安を煽るような報道を行い、国民がこの問題に過剰に反応した結果、ワクチン開発・接種が後手に回る、ということだけは避けなければなりません(アストラゼネカ製のワクチンが厚労省の承認を受けたのに当面は使用しないという措置も、こういった問題が影響を及ぼしているのだと思います)。
 また新型コロナウィルスの患者受け入れが一部の病院に集中する、という医療偏在の問題は先送りされそうな感があります。ここは日本医師会の英断に期待したいところですが、自ら身を削るような決断を下せるのかどうか、難しいところではあります。


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