刃渡り二十センチほどの出刃包丁を、何度も振り下ろす。ニワトリの首はほんの数センチしかないが、骨に当たって、なかなか切り離せない。すんなりと肉になることを、鳥が拒んでいるかのようだ。
 ワークキャンプ三日目。この日午前、ボランティアの提案で「太陽と緑の会」月の宮作業所(徳島市入田町)で飼っているニワトリを間引くことになった。四十羽のうち三羽が農機具小屋に逆さまにつるされた。こうしておけばおとなしくなり、手間取らずに済むという。

 ◆ためらいなく

 しばらくして、ワーカーの若者たちが呼び集められた。山間部で育ったメンバーの岡本福美(48)が手本を見せる。「首をひねればいいんじゃ。昔はみんな自分たちでしたんや」。吉田太郎(19)=茨城県水戸市、茨城大人文学部二年=が後を引き継いだ。
 ワーカーの池田邦央(23)が二羽目の首に手をかける。きつくひねると羽をばたつかせた。足元で飼い犬が激しくほえる。赤いトサカが次第に青黒く変わった。「死ぬ瞬間なのか、死んだ後なのか、鳥の体が急に暖かくなるのが、手のひらに伝わってきた。食べ物だと思えば、ためらいもなかった」
 午後、つるされたニワトリを降ろし、首を切り落とす。羽毛をむしりやすいように熱湯に浸す。樋口敦子(19)=千葉県柏市、大正大人間学部一年=ら女性ワーカー三人も羽根を抜き取る。「バリ、バリ」と布を引き裂くような音がする。手伝う岡本が、解体しやすいように二つの羽の付け根を折る。力を入れるたびに「ボキ、ボキ」と鳴った。鳥を漬けたオケには、ぬれた羽根があふれた。
 皮に残った羽毛を焼いて処理しようとしたが、時間がかかるため皮をはいだ。「スーパーで見たことがある形になってきたね」と樋口。ワーカーたちは一つ一つの行程を冷静に進める。石崎朋美(25)も「いざとなると、不思議に平気でいられる」と言葉を選ぶように話した。「気持ち悪い、たまらん」と叫んだのはスタッフの方だった。
 しりを包丁で切り裂き、開口部から手を入れて内臓を引き出す。体内からあふれた黄色の液体は、つぶれた卵の黄身だろうか。内臓に交じって成熟途中の卵も三個、現れた。食べて間なしだったのか、裂けた胃袋にはえさの殻物粉が未消化のまま詰まっている。ブロイラー会社に勤務した経験のあるメンバーが、鳥の各部位を解説する。

 ◆目の前で死ぬ

 臓器を取り去って水洗いすると、数時間前まで生きていたニワトリが肉になった。
 樋口は言う。「動物が好きで、何でもかわいいと思ってしまう。そのくせ菜食主義者にもなれない。いつも自分が手を下ろさない位置にいることが、偽善的で嫌だった。さっきエサをやったばかりの鳥が目の前で死んだ。肉を食べるとはどういうことか、少し納得できたような気がする」
 三羽の鳥はトウガンと煮込まれ、翌日の夕食に上った。ブロイラーよりも随分と歯ごたえがあった。若者たちは「うまいよ」とだけ言い、煮物が入ったどんぶりを見る間に空にした。
(敬略称)
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