徳島新聞「ぞめき」原稿 杉浦良
No.28 タイトル「戦争と福祉六法」
敗戦から六十年ということで、戦争に関する報道が様々な角度から取り上げられています。徳島新聞朝刊の「伝える徳島戦後還暦」にも一人一人の内面に深く刻み込まれた戦争の記憶が生々しく再現されていて、「忘却こそ精神の安定剤」といった世間の諺(ことわざ)が届かぬほど、その傷の深さに驚かされます。
太平洋戦争後、焦土と化した日本の復興に、戦後憲法第二十五条が大きく貢献したことは言うまでもありませんが、その趣旨を具現化するために福祉六法と呼ばれる法律が制定されました。
生活保護法(旧)昭和二十一年制定、児童福祉法昭和二十二年制定、身体障害者福祉法昭和二十四年制定、知的障害者福祉法昭和三十五年制定、老人福祉法昭和三十八年制定、母子福祉法昭和三十九年制定、これがその六法ですが、制定年度順にとりあえず並べてみました。
まずは、戦争で焼け野原になって生活が成り立たなくなった方々への支援、続いて戦争でお父さんお母さんが亡くなり、行き場所がなくなった子供達への支援、さらに戦争で手足などに大きなダメージを受けられた方々への支援となります。「命が助かっただけでもありがたいこと」と喜んだのもつかの間、戦争がもたらした膨大な被害を、どうフォローアップするか?という問題に焦点が絞られます。その後、十年余り経過し、知的障害の方々への支援、お年寄りへの支援、母子家庭への支援と続くわけです。
原爆で多量の放射線を浴びたお母さんから生まれた知的ハンディーを抱えた子供や、お父さんが戦争で亡くなられた母子家庭など、戦争と切り離せない問題も数多くありますが、優先順位は低くなります。
それから三十年余りたち、精神保健福祉法が精神保健法にかわって制定されます。戦争により精神的にダメージを受け、ハンディーを持つようになった方々の存在は、ベトナム戦争の帰還アメリカ兵を例に挙げるまでもなく、数多かったと思いますが、残念ながら福祉的フォローは、気が遠くなるほど後になってしまったことになります。
戦争がもたらす被害の大きさと根深さに、あらためて身震いする今日このごろです。
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