徳島新聞「ぞめき」原稿 杉浦良
No.38 タイトル「寄付文化」
アメリカに比べると日本は寄付文化が育っていないという話を聞きました。調べてみるとアメリカでは八十九%、日本でも八十七%の方々が一年間に寄付をしたという調査結果があり、機会の多さでは余り差はないようです。
ただ一世帯当たりの年間平均金額は、アメリカが約十八万円、日本は約一万九千円で、そのうち宗教団体分を差し引けば約三千円というデーターがあります。総額で約十倍の差、宗教団体分を差し引けば六十倍もの差になる計算です。
個人からの寄付と遺贈を含めると、アメリカは約二十二兆五千億円、日本の個人寄付金といわれる約二千二百億円の百倍以上の金額です。
その違いの理由を「よくわかる日米NPO税制」(シーズ発行)には(1)宗教的背景(2)国づくりの歴史(3)充実した寄付促進税制(4)NPOの寄付集めの努力―の四つがあげられています。そして日本でも中央集権制と福祉国家体制が進むまでは、互助会組織も活発で、橋や公民館など地域の名士が寄進することも多かったと指摘しています。
つまり移民で構成されたアメリカでは、開拓に伴い学校や病院建設そして公共事業なども市民が協力して行い、政府はそれを育てる制度をつくり、さまざまな社会活動団体が活発に活動することで資金も集まるということになります。
ということは、国が公的資金(税金)で福祉サービスや公共事業に責任を持つことを保障する国家では、寄付文化は減退するということになります。寄付文化を大切にしNPOを育てる小さな国家と、税金をしっかり支払うことで成り立つ大きな福祉国家の形が見え隠れします。公の在り方が問われるなか、個人がどう公を支え、公はどう個人と関わるかという課題が現れます。
「誰がやってもみな同じ!任せて安心!お任せ民主主義!」などウロウロしているうちに、気の遠くなるような借金を抱えた先進国日本。日本の国の形をどうしていくのか?ヘビーな試行錯誤が問われます。
「勝ち組」「負け組」がはっきりしてきたと言われる日本であればこそ、この寄付文化をどう育てていくのか、もう一度考え直す時が来たと感じました。
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