ここ数日、氷点下2度まで冷え込む日が続いてます。そろそろ春が待ち遠しくなってきましたが、まだまだ先のことになりそうです。
路面が乾いていても、日陰になっているところが凍っていたりして滑りやすくなっているので、注意が必要ですね。
子育て真っ只中のパート職員Kは、相変わらずお子さんが「学校に行きたくない」と言って、悪戦苦闘の毎日です。
「なんで、学校に行きたくないんだろう…もう、わからん…」
「ついに学校から呼び出し喰らいました…怒られることになると思います…」
三世代同居の暮らしがスタンダードの地域で、共働き夫婦だけで子育てするのは並大抵のことではないだろうと思います。昭和の時代であれば「僕は(家族を養うための)仕事があるから…。子供のことは君の方で何とかしてほしい…」と妻にすべて押し付ける夫も珍しくありませんでした(定年退職後にその報いが来た方もおられたようですが…)。令和の時代はどうでしょうか。
近年不登校の児童生徒数が急激に増えており、小学生の50人に1人は不登校だそうです。原因探しや悪者探しをしてもうまく行かないことも多く、正解はないのでしょう。いくら話し合いを重ねたところで、学校というシステムが根本的に変わるためには何十年とかかるでしょうから、お子さんが自分の足で立っていく道筋を家族で考えていくしかないのかもしれません。
今年は昭和100年。
「所得に応じて、所得の少ない人は麦を多く食う、所得の多い人はコメを食うというような、経済の原則にそったほうへ持っていきたいというのが、私の念願であります」(昭和25年12月7日の参院予算委員会)
かつてこう発言したのは、大蔵官僚出身で、当時大蔵大臣だった池田勇人さんでした。翌日の新聞で「貧乏人は麦を食え」との見出しで報道され批判を浴びました。
食料品や生活必需品、水光熱費、ガソリン代の価格高騰で庶民の生活が苦しくなっても、「経済成長によって賃金が上昇すれば問題は解決できる」の一点張りで、選挙対策のバラマキや単発のわずかな定額減税でお茶を濁し、抜本的な中間層の負担軽減には及び腰の政府を見ていると、75年経っても、基本的な考え方はあまり変わっていないように思えてきます。
当時は高度成長によって庶民の暮らしも経済的に豊かになったことは確かです。しかし少子高齢化が急激に進む令和の時代、たとえ経済がわずかに成長したとしても、企業の利益が内部留保や株主への還元に回り、富がますます富裕層へと集まれば、庶民の暮らしは一向によくならないでしょう。
いわゆる「トリクルダウン」は国民の不満が政府に向かないようにするための詭弁で、実際にはおこりえないことは、賢明な政治家や官僚の皆さんはよくご存知なのだろうと思います。
追記
一人暮らしで自炊しているメンバーのAさん。値段つけの作業をしながら話をしていたら、食料品の値段が上がって大変という話になりました。
「実は最近は米に麦を混ぜて炊いているんですよ。最近お米も(値段が)高いでしょう。節約しないとやっていけないです」とAさん。
白米が5キロ4000円から5000円となる一方で、押し麦は5キロ2000円で売られています。農家の方からは「経費を考えれば、今ぐらいが適正価格」との声もあるようですが…。
ちなみに太陽と緑の会でも昔は(栄養面でのことを考慮して)昼食のご飯は白米に押し麦を混ぜて炊いていました。
長年減反政策を続けてこられた政府の皆様が「貧乏人は麦を食え」と考えておられるのかどうかは分かりませんが、そのような時代に戻っていくのでしょうか。
もっとも令和の時代は、「麦を食え」ではなく「パンを食え」となるかもしれません。「押し麦を混ぜてまで米を食べるくらいなら、パンの方がマシ」という方も多いでしょうから…。