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徳島新聞「ぞめき」原稿   杉浦良
No.8 タイトル「リアリティー」

 九月十五日の徳島新聞朝刊に、「うつ病で休職中の小学校教諭 半生つづった本出版」とありました。この方とは面識がないばかりか本も読んでいない門外漢が、あれこれ評論できる立場でありませんが、顔写真と名前を掲載されたこの先生の勇気と、教育の根本ともいえる「ありのままの姿を伝えること」を実践されたことに、心を打たれました。
 精神疾患と言われる領域では、ありのままを伝えることの困難さに直面します。自分の中にまでいや応なく入り込んでくる偏見や誤解と折り合いを付けながら、それでも何とか自分なりの一歩を踏み出したい・・、そのように生きている方と出会うことは、この病の背負ってきた重い歴史とも出会うことになります。「体が風邪をひくように、心だって風邪をひく」と語ることで、少しは軽くなった気持ちを前向きに立て直しますが「心が風邪をひく」というリアリティーを共有できるだけの身近さはありません。
 「教え子からの手紙を読んで、自分が生きていることを確かめるために文章をつづった。うつ病に対する社会の理解を深めるきっかけにもしたい」と話されたそうですが、もし仮にこの先生の授業を受けたことのある子供が、この本を読む機会に巡り合えば、このリアリティーを獲得するための本来的な総合学習につながるはずです。
 そしてこのリアリティーに基づいた経験は、子供たちに生きることの意味を突きつけ、自分が自分で支えられなくなりそうな時、あらためてこの時の経験がよみがえり、もう一度生きることの意味を問い直すことにもなります。
 長い人生の中で順風満帆の生き方が選べるほど、世の中は甘くありません。さまざまなハンディーや病気を持った方々と日々接することのできる人生は、生きる意味を常に問い直される人生でもあります。
 バーチャルリアリティーの渦が生きる意味をかき消し、方位を見失ったとき、この先生の存在と書きつづった本は意味を持つはずです。(杉)


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