新聞連載記事 >ぞめき

徳島新聞「ぞめき」原稿   杉浦良
No.33 タイトル「もったいない」

 K工務店の社長さんは昭和三年生まれです。四十年ほどの歴史を持つ株式会社をたたみ、隠居生活を送ろうかと思った矢先に、大きな仕事を請け負うことになりました。
 「もうイカンですわ。目も薄くなり、根気も無くなって、パッと書けた図面も時間ばかりかかってしまって・・。」そう語りつつ、現場の片付けやら、職人さんの手配に奮闘される姿がありました。「子供から、死ぬまでには倉庫の中の物をきれいに片付けておいてよ、と言われるんですわ。私はケチやから、使えそうなものは、もう一度日の目を見るように置いとくんです。それがこんなにいっぱいになって、子供もあきれておるわけです。」
 蛍光灯、シャワー設備、鉄のパイプや取り外した窓用サッシ、品番の違う床材や壁材など、倉庫には山積みされた建築資材がありました。「このシャワーは三年間ほど外国人の方が使っておったんよ。この窓用サッシは築二十年で家を建て替えると言われたので外してきた。」普通の方の目には建築廃材と見られそうな品物一つ一つに、社長さんの建築に携わってきた歴史が込められています。
 「こんなふうにもう一度使ってもらえるようになったことがうれしいんよ。使えるもんを放ることは、わしらのころでは考えられんかったな。もったいなくて。ただ最近はこういうもん使ってくれるところが少なくなってな。むしろ嫌うんじゃ。」学徒動員で工場の建築に借り出され、一、二年前の先輩たちには、若き命を散らせた方も多いと聞きました。戦前、戦中、戦後を生き抜き、時代の激動を肌で感じてこられた世代の目を通して、この「今」という時代が映し出されます。
 こぎれいな割にはなんとなく存在感が希薄で、どことない閉塞感を感じながら、生きるエネルギーに乏しい、そんな「今」に、「もったいない、もったいない」と言いつつ、老体に鞭打つ、現役一級建築士の後姿に、思わずご苦労さまですと、頭をさげてしまう私がありました。
 お年寄りと言われる方々の中に、生きるための道しるべを見つけた気がしました。


トップページへ戻る