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徳島新聞「ぞめき」原稿   杉浦良
No.73 タイトル「創造の病」

 七月十九日、河合隼雄氏が七十九年の人生を終えました。元文化庁長官のイメージが強いですが、高校の数学教師をやめ日本人として初めてユング学派の分析家として認められた臨床心理学の第一人者でした。京大教授、国際日本文化センター所長、日本臨床心理士会会長、日本うそつきクラブ会長など、多くの引き出しと切り口を携えた河合氏は本当に魅力的でした。
 一九七六年に中央公論社から出た「母性社会日本の病理」は私にとって衝撃的でした。それからさらに発展させ「中空構造日本の病理」として、日本の社会をとらえることとなりました。また何度も読み返すこととなった「カウンセリングを語る(上・下)」(一九八五年創元社発行)は、学習会と称して読み合わせる定番の教科書として随分使わせていただきました(現在は講談社プラスアルファ文庫として装丁を変えています)。声を出して輪読すると何か心がしんなりと落ち着き、その後の話が上滑りにならず、言葉の裏に託された意味をなぜか見つけようとしてしまいたくなる魔力を持っています。
 私自身、難題にぶつかると「二つよいことはない」「天狗になったら失敗」とか「牛に引かれて善光寺参り」「理屈抜きで悪い」などという言葉が、ヒョロッと出てくるときがあるから不思議です。そして呪文のようにそう唱えると何か肩の力が抜けて、気持ちが楽になるからなお不思議です。
 下巻の最後に「創造の病」と題して「フロイトやユング(精神分析の父と分析心理学の創立者)は大変な心の病を克服して非常に創造的になった。エレンベルガーが創造的な仕事をした人の伝記を調べると、だいたいが中年あたりで病気になっている人が多く、その病を克服した後で創造的になっている」と紹介しています。「横から見ると病気にみえるけれど、それは病気というより心の非常に深い世界、魂の世界に降りていった、沈潜していったといっていいでしょうかね」と夏目漱石を紹介しながら河合氏は語るわけです。
 そしてそれを、今までよい子だった子の家庭内暴力といったこととつなげながら「それはどこか自分の心の深いところと接触が生じて、なにか変化している『新しい生き方の創造』と考える」と締めくくります。
 このことで多くの方々が、もう一度前を向くことができたとすれば、これこそ河合氏の一番の功績だろうと考えます。合掌。 (杉)


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