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徳島新聞「ぞめき」原稿   杉浦良
No.22 タイトル「蟷螂(とうろう)の斧(おの)」

 認知症(痴呆症)で施設に暮らすお年寄りに関する新聞記事が目にとまりました。部屋の中でじっとしているよりは、外出したほうが元気になるというもので「そんなこと、わざわざ厚生労働省から助成を受けて研究などしなくても、小学生でも判ることじゃないの?・・」とブツブツと独り言を言いながら読み進めると、京大の研究チームがビデオや小型運動記録器で行動解析までしたらしいのです。
 運動量、食事摂取量、コミュニケーション能力など具体的数字での向上が認められ、風邪もひきにくくなったと、結果は良いことずくめです。施設から五百メートル程離れた民家に、朝、九人の歩行可能なお婆ちゃんと職員が出掛け、食事作りや買い物や散歩などをして過ごし、夕方施設に帰るというものです。
 今までの、手厚く保護され過ぎて、むしろひとりひとりの能力を高めるよりは、減退させてしまった老人福祉施策への問いかけとも受け取れますが、その裏に「万が一のことがあったらどうするの?安全第一、あえてリスクのありそうな行動を慎んで、そぎ落としていけば、施設から外に出さずに、施設内で対処するのが一番!」といった現実も見え隠れします。
 「何を第一に考えたらいいのか?」そこには安全管理の問題と福祉施策の理念が激しくぶつかります。当然のことながら、両方とも大切です。ただ安全管理の問題は、事が起こった時には徹底的に非難されますが、福祉施策の理念や中身については、何もしなくとも徹底的な非難は受けません。賞賛を受けることで職員の給与体系や施設への公的補助金が変化するわけでもありません。逆にむしろそのことで、多忙になる現実をうとましく思う同僚の存在もあります。先の新聞記事にあった広島県庄原市の老人保健施設「愛生苑」の取り組みが、今後大きくその姿を変えることになるかもしれない老人福祉のあり方を模索する灯台になるのか、それともドンキホーテ的とうろう蟷螂(とうろう)の斧(おの)となるのか、いつの間にやら『目黒のサンマ』になるのか、私にとっても興味深い出来事です。


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